はじめに・・

はじめにTeam Jafrican代表のERYCAと創始者のTAMA CHARLESを紹介いたします

鍵盤ハーモニカプロジェクト
Team Jafrican

代表 ERYCA (和賀 恵里香)

 

Team Jafricanの創始者であるTama Charles(以下たまちゃん)と私は、13年間に渡る音楽のパートナーでした。私は、たまちゃんと出会わなければ音楽の道に進むことはなかったでしょう。夢にも思わなかったミュージシャンとしての人生を歩み始めたとき、私なりに目標を掲げました。それは、「世界のために貢献できる音楽家になる」ということでした。様々なジャンルで一時代を築き上げてきた偉大なミュージシャン達は、それぞれの時代が抱えていた様々な問題に対して、音楽でたくさんのメッセージを発信し、ムーブメントを起こしてきました。音楽には、世代も性別も国籍も飛び越えてメッセージを伝える力があるのだと思います。だから私も、音楽の道に進むならば、大きなムーブメントが起こせ なくても、小さくてもいいから世界のために何かできるようになりたいと思ったのでした。ある日たまちゃんは、突然この世を去りました。大きなプレゼントを置いて・・・。たまちゃんが私に、目標を達するチャンスを置いていってくれたのです。それが、このTeam Jafricanです。代表を引き継いだばかりの頃は、「大きな宿題」を置いていかれたと思いました。でも、このプロジェクトに多くの方々が賛同し、ご協力下さり、メンバーとして仲間が増えていき、実際にプロジェクトが動いていくにつれ、「宿題」は「プレゼント」へと私の中で姿を変えていったのです。鍵盤ハーモニカを送った各国から届く感謝状や、楽器を手に笑顔あふれる子供たちの写真を見ると、私は喜びと感謝でいっぱいになります。日本の子供たちが使い終え、家のどこかで眠っていた楽器が、世界の子供たちの新しい笑顔を産んだのです。きっと新しい未来への希望にもつながっていくでしょう。一人の一歩は小さくても、一人の力は微力でも、その小 さな想いが集まれば大きな希望につながるのだと、このプロジェクトは教えてくれます。皆さんのお家で眠っている楽器を、世界の子供たちの笑顔につなげませんか?遠い国の出来事を、もっと身近に感じて見ませんか?子供たちの笑顔や希望にあふれた未来に、国境なんてありません。自分が使った楽器が、知らない国のお友達のもとで活躍したら、それってきっとワクワクする♪私たちは、日本の子供たちと世界の子供たちのワクワクをつなげたい、世界中の笑顔をつなげたいのです。夢いっぱいの虹の橋のように・・・

 

・プロフィール・

ERYCA  Vocal,Sax 奥州市江刺区出身

幼少時から音楽と共に育ち、高校在学時から「TAMA CHARLES & HIS BAND」の一員として音楽活動を開始。

2007年 コミュニティーラジオ局奥州FMにてメインパーソナリティーを務める「サンデリカ」スタート。

2009年8月 奥州市Zホールで行われた「真夏の夜のJAZZ Vol. 2」でドラムの巨匠村上“ポンタ”秀一氏

と初共演を果たし、その後村上“ポンタ”秀一氏とのユニット「ERYCA BAND」をスタートさせる。

2010年11月23日 TAMA CHARLES & ERYCAのパートナーであり、最大の理解者であったTAMA CHARLES氏が関東ツアー中に急逝・・・・約11年間共に音楽の道を歩き続けてきた彼の死・・・深い悲しみ、共に歩んできた道・・・TAMA CHARLESの想いを受け継ぎ、志半ばとなったボランティア団体「Team Jafrican」を引き継ぎ、自らも「ERYCA SOUND PUROJECT」を立ち上げる。

2011年12月、奥州市水沢区横町に「蔵スタジオ NERINE」をオープンさせ、ERYCA SOUND PROJECT、Team Jafricanの拠点とする。

2014年4月 奥州市衣川区「とうほくニュージーランド村」内に新事務所を移転。

 

現在、自身のバンド活動に加え、村上“ポンタ”秀一氏とのユニット「ERYCA BAND」、ボブ斉藤、近藤房之助等一流ミュージシャンとのLIVE活動をしつつ、鍵盤ハーモニカプロジェクト、町おこしイベント等精力的に活動し音楽活動以外にも多方面に才能を発揮している。

 

鍵盤ハーモニカプロジェクト
Team Jafrican

創始者・初代代表 TAMA CHARLES (玉山 秀之)

 

1970年代末 当時の彼には別の呼び名があった。その名も「コンテスト荒し男」とされその名の如く、彼が荒らして

                      きたコンテストといえば、ヤマハのポップコン、NHKのYMFをはじめとし、数知れない程である。当時

                     彼は、タマドクダミバンドのボーカリストとして泣く子も黙るようなパフォーマンスぶりで大衆を圧倒し続

                     け、その持ち前のパフォーマンス性、キャラクター等において、多数の審査員や音楽ディレクターから

                     高い評価を得ていた。中でも、ヤマハのディレクターからは絶賛を受け、後にそのディレクターに直接

                     師事する事となる。

1980年      ヤマハのコンテストで全国大会まで進出。この時、オリジナル曲『DOWNTOWN』は見事審査員賞を受

                    賞し、Victorよりレコードリリースを果たす。翌年には、『Living On』が世界歌謡祭にノミネートされ、2

                    年後にはNHKディレクターの師事のもと、アニメ主題化『ビウス』がVictorよりリリースされる。

1986年      自らスタジオを設営し、多様な音楽活動をはじめる。テレビ番組、コマーシャルソング等の作詞、作曲を

                   はじめ、市町村テーマソング、各地祭典のテーマソングに至るまで、彼の手がける音楽はジャンルを問

                   わず、バラエティーに富んでいる。

1980年代末 レイ・チャールズのパフォーマンス、音楽性に魅了され、20年に渡りプレイし続けたギターからピアノ

                     に転向、独自のスタイルを確立する。境界を越えた、あらゆるポピュラーミュージックを取り入れた音

                     楽を創りだし、ここにTAMA CHARLESが誕生する。

2003年12月 Victorより待望のニューアルバム『TAMA CHARLES』をリリースし、現在好評発売中である。

2004年4月17,18日  小金井公会堂で二日間に渡り行われたブルースフェスティバル「Hey!BluesMen! Vol.2」に

                                   出演。演奏のほか司会も勤め、絶賛を浴びる。

2005年1月  ついに“TAMA CHARLES & HIS BAND” 念願のアメリカ進出を実現!ロサンゼルスでのパフォーマン

                     スは「日本のレイチャールズ」として現地の新聞に取り上げられ、話題となった。

 

2009年8月15日 「真夏の夜のJAZZ Vol,2」にて日本を代表するドラマー村上“ポンタ”秀一氏と共演。 

 

2010年7月  鍵盤ハーモニカプロジェクトTeam jafricanの活動がスタート。近隣小学校へ演奏に出向き、鍵盤ハー

        モ ニカ回収への協力を呼びかけたり、日々の音楽活動の中でTeam Jafricanの趣旨を説明しなが

        ら、少しずつ共感の輪を広げ、鍵盤ハーモニカを回収。

2010年11月23日 TAMA CHARLESこと 玉山秀之氏急逝